「DX導入はどこから着手すべきか」──そんな課題を抱える日本企業と、シリコンバレーのトップエンジニアを結びつけ、革新的なAIソリューションを提供する起業家がいる。2017年にシリコンバレーでパロアルトインサイトを創業し、「AIビジネスデザイナー」として現場に立つ、同社CEOの石角友愛(いしずみ・ともえ)さんだ。
パロアルトインサイトが掲げるミッションは、「AIの民主化」だ。民主化という言葉が表すように、ゴールは誰もが当たり前に使えるインフラとして、AIを浸透させること。そこで、日本の中小企業が抱える構造的な問題、課題解決において秘めるAIの可能性について聞いた。
現場で痛感した、日本とアメリカの構造的な違い
石角友愛(いしずみ・ともえ)/パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナー。2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得後、シリコンバレーのGoogle本社で多数のAI関連プロジェクトをリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び、東京大学工学部アドバイザリー・ボードを務めるなど、幅広く活動している。著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。会社HP:https://www.paloaltoinsight.com/
撮影/ 澁澤羅貴
2008年からハーバード・ビジネス・スクールにMBA留学し、卒業した翌年にはシリコンバレーのGoogle本社に入社と、着実にキャリアを築いてきた。Googleではシニアストラテジストとして多数のAI関連プロジェクトを担当したが、Google入社前は、IT業界で働いたこともなかったという。
当時配属されたのは、Googleショッピングという製品のオペレーションチーム。そこで初めてAIや機械学習に触れて、その面白さに魅了された。その後、シリコンバレーでスタートアップを2社経験。AI搭載型のプロダクト開発に携わり、日本企業に売り込んでいくなかで出会ったある企業の社長の言葉が、石角さんの転機となる。
「その社長は『会社にデータはあるが、社内にエンジニアもデータサイエンティストもおらず、使い方がわからない』と、データ活用における根本的な課題を抱えていました。
そこで痛感したのが、日本とアメリカの構造的な違い。アメリカの場合、多くの企業がソフトウェアエンジニアを雇用しているので、新しいITツールや自社データを活用することができる。一方日本では、エンジニアの約7割がITベンダー側に集約されていて、非IT企業にはソフトウェアエンジニアがあまりいないため、壁打ちする相手が居ないのです 」
このままの状況が続けば、日本の中小企業は貴重なデータを活かしきれず、世界に遅れを取ってしまう──。そう考えた石角さんは、日本企業にAIやDX推進を提供する会社をつくろうと決意。2017年に、パロアルトインサイトを立ち上げた。
DXのカギは「D」よりも「X」にあり
撮影/ 澁澤羅貴
創業当時に直面したこの構造的な問題は、2022年の現在も解決されたわけではないと石角さんは話す。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)の発表によると、4.2%だった2019年の日本企業のAI導入率が、コロナ禍を経て現在は20.5%にまで急上昇した。それでもアメリカのAI導入率(44.2%)と比較すれば、倍以上の差がある。
「AIを生活のインフラにするためには、『AIの民主化』が必要です。我々が考えるAIの民主化とは、最先端のAI技術や戦略にアクセスがない企業、CTO(最高技術責任者)やCDO(最高デジタル責任者)がいない中小企業に対して、AI技術やデータ活用の導入支援を行い、ボトムアップでAI技術を日本社会に浸透させること」
パロアルトインサイトと協業する場合、クライアント側の担当者がAIに詳しい人物である必要はない。AIを作る側と使いこなす側、双方の歩み寄りが必要で、その橋渡しとなるのが、「AIビジネスデザイナー」という役職だ。
「AIビジネスデザイナーは、クライアント側の経営者や事業担当者と、弊社のデータサイエンティストの間に立ち、AI活用やDXを推進する人材。今後は技術側も、単にプロダクトを売るだけではいけない。なぜこれが必要なのか、どう活用していくかを共通言語で“翻訳”する人間が技術側にいることが重要」
しかし、クライアントが抱えている課題が漠然としており、どこから着手すればよいかわからないケースも多い。そんな時に用いるのが、同社が独自に開発した「FOME分析フレームワーク」だ。実現可能性(Feasibility)、応用性(Opportunity)、検証性(Measurability)、倫理性(Ethics)の4つのレンズで課題を分析し、数値化する。そして数値が高いものから優先順位をつけて、より粒度の高い議論をしていくというやり方をとる。
DXでは「D(デジタル)」よりも、組織のあり方を根本的にトランスフォームさせる「X」が重要だと、石角さん。会社のコアを変革するためには、オペレーションのプロセスや組織のあり方、社員のマインドセットをどう変えていくかといった議論が欠かせない。FOMEというレンズで全体像を網羅的にチェックすることが、DX実現の鍵を握る。
ESG・SDGsとAIのシナジーが社会課題を解決する
撮影/ 澁澤羅貴
これまで100社を超える日本のクライアントと協業を重ねてきた。今後はESGやSDGsの観点と、AIのシナジーのなかで、より多くの事例が出てくるだろうと予測する。
「ESG・SDGs領域とAIは、非常に親和性が高い。脱炭素や電力消費の効率化といった世界共通の課題を、AIを使ってどのように解決していくかが焦点」と語る石角さんは、クラウドのデータセンターを運営する、Google傘下のDeepMindの事例を挙げた。データセンターでは、熱を持ったサーバーをクーラーで冷却する必要がある。そこでAIを用いて、熱くなるサーバーラックを時間帯ごとに特定し、その箇所を重点的に冷やすことに成功。結果、電力消費を40%削減できたという。
また、パロアルトインサイトがリンガーハットとの協業で取り組んだのは、食品の廃棄ロスの削減だ。コロナ禍、緊急事態宣言発令時、消費者の動きが180度変わり、従来の需要予測モデルが使えなくなった。
「そこで、各店舗、1時間ごとに売上を予測する、緊急事態対応型のAIを開発しました。リンガーハットのようなサプライチェーンの上流にいる会社が、AIが出したより正確な売上予測を発注の際にも活用することで、野菜や麺のサプライヤーなど、関連会社も廃棄ロスを削減することができると考えます」
これまでは、一般的には在庫切れを危惧する上流工程の企業が多めに発注を行い、サプライヤーは余剰在庫を抱えてでも、その要望に応じるという構造があった。しかしAIを活用することで、バリューチェーン全体に無駄がなくなれば、誰にもしわ寄せがいかずに廃棄ロスを削減できる。
「今後は、会社の中だけで効率化を実現するのではなく、その課題意識を取引先や関係会社、サプライチェーン全体に公開し、エコシステム全体の底上げをしていくことが必要。クライアント側もAIに対して、局所的ではなくその先にあるマクロな視点、“社会全体に対してどのように役に立つのか”という観点から、活用方法を考える企業が増えていると感じます」
AIはツールであり、オプション。中高生に伝えたいこと
2021年に東京女子学園にて始まった、AI人材育成カリキュラム「AIと私〜AIで幸せを作ろう〜」。AIがひらがなの文字を判別できるか実験している様子。授業の最後には、生徒たちは「結局は人が裏で動かしている」と、AIの素性を理解し、AIに対して抱いていた漠然な不安が薄まる機会となった。
画像提供/パロアルトインサイト
いま石角さんが注力するのが、理系分野におけるジェンダーギャップの解消を目的として2021年に始動した、「AIと私〜AIで幸せを作ろう〜」という、中高生向けAI人材育成カリキュラム。東京女子学園にてスタートした本カリキュラムは、2023年に開校予定の芝国際中学校・高等学校でも展開予定など、着実にその輪を広げている。特筆すべきはAIや機械学習、プログラミングを情報教科の観点から教えるのではなく、AIの素養に加え、ジェンダーに関する国際的な意識を身につけることができる点だ。
「昨今、STEAM(スティーム)(※)領域や、IT業界における女性の比率が低い課題があります。
『AIと私』では、単にプログラミングを学ぶのでなく、“なぜ、私が学ぶことに意味があるのか”に焦点を当てています。AIが社会にどう役に立っているのか、大学進学や就職においてどれくらいチャンスが増え、自分のキャリアに影響するのか──。そういった学びの機会を大学進学以前に得ることで、AIは特別なものではなく、あくまでも課題を解決するツールであり、人生の可能性を広げるオプションであることに気づくきっかけがつくれれば」
AIという技術を身近に感じ、「私だったらどんな願いを叶えよう?」と心に描く。そんな一人ひとりの想像力が、日本企業を活気づけ、社会課題を解決していく大きな力になるのだろう。
※ STEAM教育……Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術)、Mathematics(数学)の分野を統合的に学び、将来、科学技術の発展に寄与できる人材を育てることを目的とした教育プラン。

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