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2022年7月に改正された女性活躍推進法では、常用労働者301人以上の大企業に対して男女間の賃金格差に関する情報公表が義務化された。これに伴い、内閣府男女共同参画推進連携会議企画委員会において発足された「男女間賃金格差情報開示チーム」が、格差の算出方法を支持することに加え、更なる情報開示を求める旨のステートメントを発表。
この度の義務化を組織のダイバーシティ推進につなげるきっかけにするためには企業は何に取り組むべきか、上記チームのリーダーを務めるThink Impactsの代表取締役 只松観智子さんに聞いた。
これまで以上に「見える化」される男女間の格差
これまで国内でも「男女間賃金格差」の開示を行っている企業はあったが、その多くは、役員クラス、管理職、管理職以下など職位ごとに開示をしていた。これは同じ仕事をする労働者は同じ賃金であるべきであるという「同一労働同一賃金」の原則に則ったもので、コンプライアンスを重視する多くの日本企業は既に遵守しているものだ。
「男女間賃金格差は同一労働同一賃金の問題と混同されがちですが、別物であることを理解する必要があります。男女間賃金格差は賃金だけではなく、企業内に存在する様々なジェンダー格差を可視化します。これは昨今、国際的に求められている「人的資本への投資」や「人権問題への対応」に直接関係することであり、格差をそのままにしていると日本企業の国際的競争力を低下させる恐れがあります」と、只松さんは危惧する。
今回只松さんが支持を表明した算出方法は、全従業員における男女別賃金の平均値の差であり、グローバル基準に則ったもの。さらに、平均値の差に加えて中央値の差の開示、管理職に新たに昇進した者の男女比率、そしてジェンダー格差の原因分析と是正に向けた行動計画の開示を提案している。
「単純に数字だけにこだわるのではなく、 改革のきっかけにしてもらうことが重要です。課題分析、目標値の設定、行動計画の策定、そしてそれをモニタリングする仕組みの構築が不可欠です」
加えて、「企業が開示した賃金格差を、私たちがしっかりと理解し活用することで、効果を発揮します。ステートメントの発出は、理解促進につなげたいという意図もありました」と、只松さん。投資家は投資先、若年層は就職先、私たちは商品やサービスを選ぶ際の1つの判断材料にすることで、是正に向けた企業のインセンティブが高まる。つまり、ステークホルダーの知識向上も大切だ。
只松観智子(ただまつ・みちこ)外資系金融機関、外資系コンサルティングファームを経てThink Impactsを設立。 経営戦略、コーポレートガバナンス、オペレーション改革、M&A等に関する豊富なコンサルティング経験を持つ。 現在は、ジェンダー問題を中心とした社会課題解決のコンサルティングを提供。2019年に30% Club Japanを設立。
撮影/柳原久子
根底にはアンコンシャスバイアス。解消は研修だけでは不十分
ではなぜ、男女間で賃金格差が生まれてしまうのか。只松さんは三つの原因を挙げた。
「まず一つは、“垂直分離”。これは、男性の方が女性よりも高い職階に多い傾向があるということです。二つ目は“水平分離”で、高賃金の職種には男性が多く、低賃金の職種には女性が多いという職種の差です。最後の一つは、“無償労働の配分の偏り”です。育児、家事や介護などは女性が担うケースが多く、それが女性の労働市場での活動に制限をかけてしまっています」
中でも、垂直分離を拡大させる男女の昇進率の差が賃金格差の最大の要因であるという。勤続年数、年齢、学歴という3つの条件が同じでも、男性の昇進率の方が高いという分析結果がある。
「⼥性活躍・男⼥共同参画の重点⽅針 2022 」より
画像提供/内閣府男⼥共同参画局
「全く同じ条件の男女に、公平な昇進の機会が与えられていない現状があります。ジェンダー差別が存在するという事実をしっかりと認識し、対応しなくてはなりません。
根底には、ステレオタイプとアンコンシャスバイアスの問題があります。高度成長期より浸透した画一的な『リーダー像』と、女性に紐づくステレオタイプが合致しないことから、女性を登用することに無意識のうちに過度な不安や不信を抱いてしまったり、もしくは昇進を打診された女性も、消極的になったりしてしまうことが多い。
ステレオタイプはアンコンシャスバイアスを引き起こし、無意識のうちに女性に不利な意思決定を行ってしまいます。アンコンシャスバイアスは、採用から人員配置、昇進など、意思決定が行われるところに必ず存在し影響を及ぼします」
撮影/柳原久子
では、どのようにしてステレオタイプとアンコシャスバイアスを排除するのか。
「研修などを通して、アンコンシャスバイアスを理解させるだけでは不十分です。人は会社のルールやプロセスに則って行動します。つまり、社内のルールやプロセスをアンコンシャスバイアスが排除されるよう『意識的に』デザインすることで、その影響を断ち切ることができます。
例えば、昇進を決定する評価会議などで評価側の多様性を保つこと、クローズドな場での意思決定や属人的な決定が出来ないよう、プロセスを設計するなどです。さらに、同じ条件であれば女性をトップ層の人材として選出するなどの『ポジティブアクション』もアンコンシャスバイアスを断ち切るという意味で有効です。
業務内容や責任の範囲を明確にしたうえで雇用契約を結ぶ『ジョブ型雇用』も、透明性を担保できるといった点で有効だと思います。また、“社内の常識は社外の非常識”。客観性を高めるためにジェンダーの専門家を活用し、評価プロセスや意思決定プロセスを診断してもらうことも推奨しています」
ダイバーシティの実現は簡単ではない。だからこそ戦略的に
これまで様々なDE&Iの取り組みを行ってきたにも関わらず、成果が出ていない企業が多い。この状況を只松さんはどう見ているのか。
「多くの企業は『女性の管理職や役員を増やす』などの漠然とした目標の達成に向け、ベストプラクティスと呼ばれる取り組みや他社事例などを、闇雲に実行しています。WhatやHowの前に、まずはWhyをしっかりと定義し、そこからHowやWhatを導き出さなければ、成果は出ません。Whyに当たる、企業のパーパスやミッションは、各企業によって違います。であれば、HowもWhatもそれぞれ違うはず」
ベストプラクティスや他社事例にとらわれず、自社のデータをしっかりと分析し、課題を明確にした上で、目標を立て、戦略を策定し実行する。そしてPDCAを回し、モニタリングをしていくことが重要だと言う。
「DE&Iの推進は、他のすべての経営課題の対処方法と全く同じ。それなのに、なぜかダイバーシティのことになると、先述のプロセスがしっかりと実行されない。その根底には『ダイバーシティくらい』という心理が働いているのかもしれません。 もしくは、短期的に大きな影響はないとリスクを過小評価しているのかもしれません。いずれにせよ、DE&Iの推進を中長期的な成長戦略の根幹に据えられていない。人材への投資なくして、企業の持続的な成長は難しいにも関わらず」
「『同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という』とは、アインシュタインの言葉とされています。まさに、企業はアプローチを見直す局面に来ているのではないでしょうか」と、只松さん。今回の男女間賃金格差開示の義務化が、各企業にとって改革を進める良いきっかけになればよい。

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