この数年、女性の社会進出を後押しするフェムテックの勢いが増している。その一方で「メンテック」とも呼ばれる、男性の健康課題を解決するメンズウェルネスの分野——男性不妊やED(勃起不全)、AGA(男性型脱毛症)といった領域は、まだ大きくはフューチャーされていない印象がある。
フェムテック領域と同じように、メンテック領域も当事者にとっては複雑かつ繊細な問題だ。タブー意識から悩みがあっても友人やパートナーには相談しにくく、一人で抱え込んでしまう人も多い。そうしたEDとAGA治療を取り巻く現状に、オンラインによる診療システムと、多様性を感じさせるブランドの世界観で一石を投じようとしているのが、平野巴章(ともあき)さんが代表を務める「Oops(ウープス)」である。
「EDとAGA自体が、『Oops(=おっと!)』くらいの小さな悩みになればいい」と語る平野さん。サービスを立ち上げた背景やユーザーとの接点において意識していること、メンズウェルネスを社会で促進するために必要な視点について聞いた。
実は「肩こりくらい国民的」。なのに相談しづらいEDの悩み
平野巴章(ひらのともあき)/1991年大阪生まれ。2014年サイバーエージェントに入社。広告クリエイターとして多くの企業のマーケティングやブランディングを担当。2021年株式会社SQUIZを設立。自身がEDで悩んだ経験から「Oops(現・Oops LOVE)」をローンチ。
2021年4月にED診療サービス「Oops LOVE(当時はOops)」をローンチした平野さん。立ち上げの原体験になったのは、自分自身の悩みだったと話す。
「大学生の頃にパートナーができたのですが、性行為をするときに『あれ?できない』ということが続いて。いろいろ検索したりして、ED治療のクリニックがあることはわかったのですが、ものすごく行きづらい感じだったんです」
ウェブサイトは「若いころの自分を取り戻そう」というコミュニケーションが基盤になっていて、トップページにデザインされているのは上半身裸のたくましい男性だった。強い違和感を感じながらも診療を受けたところ、処方してもらった治療薬の効果は確かなもの。よくあるサプリや栄養ドリンクとはまったく違い、正規薬によるEDの治療法はすでに確立されていると実感したという。
「医療としてはポジティブなものなのに、そこに行き着くまでにハードルがあるし、イメージもネガティブ。大学卒業後、広告代理店に就職し、企業のマーケティング戦略やブランディングのお手伝いをしていました。その中で大学時代のことを思い出し、“素晴らしいのに魅力がうまく伝わっていない”商品やサービスを、見せ方や世界観で解決することで、ギャップを埋められるかもしれないと思ったんです」
「自身が診療を受けた経験から、ED治療にまつわるネガティブなイメージを、デザインや世界観の力で変えられるかもしれない、と考えた」と平野さん。
EDは日本の成人男性の4人に1人、1400万人もの人が経験している症状であり、「実は肩こりくらい国民的な悩み」なのだと平野さん。20代、30代の若年層にも、EDで悩んでいる人が7人に1人はいるという。
「思い切って友達に話してみると『俺もあった』『自分もいま悩んでる』という反応がすごく多くて。あのときの僕に教えてあげたかった、という気持ちがありました」
きっと今も、自分より若い人がこの問題で悩んでいるだろうし、相談しづらいと感じているはず——。「だったら、その状況を変えてみよう」というアイディアから、「Oops」の構想が生まれたという。
目指したのは「だれかを排他しないデザイン」
「Oops LOVE」利用ユーザーの約70%が20代~30代。「EDは肩こりくらい国民的な悩みなのに、誰にも相談できずに悩む若者が多いのでは」との思いから事業のアイデアを構想した。
「Oops LOVE」は予約から処方まで、すべてのステップがオンライン化されたED診療サービスだ。「1番身近で、1番頼れる、1番相談しやすい存在であることを目指した」という平野さんの言葉の通り、サイトデザインから治療薬のパッケージ、登場するモデルに至るまで、利用ユーザーの約70%という20代~30代が共感しやすい世界観を創り上げている。
「何よりも、だれかを排他しないデザインにしたかった。サイトでは手がたくさん並んでいるようなイメージがありますが、肌の色も様々ですし、タトゥーをしている手もあります。キャラクターも、トランスジェンダーの方も入っているし、年齢もバラバラ。おかげさまでこのデザインが世界的デザインアワードのPentawardで評価され、金賞を受賞しました。
デザインを考えたとき、“女性のアートディレクターにお願いする”ということは決めていました。男性にお願いすると、テーマカラーを黒にするとか……もっと“ギラギラしたカッコよさ”を追求してしまう気がして」
サービス第2弾としてローンチされたAGA診療サービスの「Oops HAIR」でも、同じ世界観が貫かれた。
「『Oops HAIR』は完全に僕のコンプレックスを体現しているサービス。家系的なものなのか、20代からおでこのあたりが気になってきて…。でも信頼できるクリニックと出会い、EDと同じようにAGAも治療のガイドラインが確立されていることを知りました」
「Oops HAIR」で処方する治療薬のパッケージ。赤・青・白のトリコロールカラーは美容院をイメージしたもの。
AGAは日本皮膚科学会が作成した診療ガイドラインがあるが、情報が錯綜していて正しい治療にアクセスしにくい、と平野さん。そうした情報の非対称性をフラットにし、通院などの負担を軽くするために、手ごろでシンプルなプランでオンライン診療と薬の処方が受けられる「Oops HAIR」を立ち上げた。
「Oops LOVE」から4か月後に新サービスをローンチ、というスピーディーな事業展開の背景には、コロナ禍の影響によるオンライン診療の解禁が大きかったと平野さんは話す。
「パートナーとうまくいかなくなったのがコロナ禍が始まったころ。そこで『Oops』の事業を思いつき、同じタイミングでオンライン診療が広がってきた。もうちょっと後だったら他のプレーヤーがいただろうし、前すぎても“事業としては意義があるけれど法的に難しい”という状況になっていたと思う」
よく「起業はタイミング」というけれど、本当にそれを実感した——と平野さんは振り返る。
ED・AGA治療はライフデザイン。もっと気楽に向き合える世界に
「Oops」をスタートして約1年半。ユーザーの声を聞きながら、改めて「EDやAGA治療はライフデザインと関係する」と思うようになったと平野さん。
「どちらのサービスもオンラインカウンセリングを重視しているのですが、EDの相談では『男らしくいないといけない』『できて当たり前』というプレッシャーに苦しんでいる人が多い。男性同士で話せる空気もあまりなく、プライドもあって自分で抱え込んでしまう人が多いのです。また、僕の経験と同じで20歳前後で悩んでいる人も多く、『初めて人に相談できて、ほっとした』という感想をよくいただいています。
最近めちゃくちゃ嬉しかったのは、性転換をされているFTMの方からの言葉です。男性ホルモンを注入していて、その影響で相対的に女性ホルモンが減るため、周囲にもAGAで悩んでいる人が多いとのことでした。この場合、基本的には承認外治療となるのでサービスをご提供できないのですが、『サイトを見て、絶対にここのサービスを受けたいと思った』と。そこで医師と相談して、何とか承諾書をとる形で診療が可能になったんです」
ユーザーの声から、「EDやAGA治療はライフデザインと関係する」と実感するようになったという。
AGA診療のユーザーからは「今まで薄毛が心配で挑戦できなかった、パーマやカラーリングを楽しめるようになった」という声も寄せられており、メンズビューティの一環でもあると考えるようになったという。
「早期のAGA治療は、予防ケアという点では日焼け止めの存在と近い気がします。男性の場合、AGAは『早く結婚しなきゃ』というプレッシャーになることもある。どこかでずっとモヤモヤを抱えているんです。自分の経験もあり、少しでもそういう悩みを軽くできたら、と考えています」
みんながもっと気楽に、自分自身のために、そして自分とパートナーにとって心地よいライフデザインができる世界を創る。メンテックに限らず第3弾のサービスも思案中という平野さんと「Oops」の、今後の展開に期待したい。
撮影/山口雄太郎

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