画像/MASHING UP
昨今、地域発のスタートアップが日本に革新をもたらす事例が増えており、国内外の関心が高まっている。
「Central Japan」スタートアップ・エコシステムは愛知県、名古屋市、浜松市の自治体を中心として設立。近年、古くからのモビリティ産業に加え、スタートアップの創出や地元モノづくり企業らとのオープンイノベーションを推進する「STATION Ai」の設立計画などにより、グローバルからの注目を集めている。
MASHING UPは、2023年2月24日、名古屋で開催された「地域 x イノベーション~Central Japanの次の10年~」に制作協力。イベントでは、Central Japanの歩みの振り返り、また内閣府科学技術・イノベーション推進事務局 事務局長補 渡邊昇治さんからのビデオメッセージが上映されたほか、2つのパネルディスカッションも実施。本レポートでは、それらのパネルディスカッションから見えてきた、スタートアップエコシステムが持続的に発展を続けるために必要な視点をお伝えする。
地域におけるスタートアップエコシステムの課題と可能性
会場となったのは、名古屋市栄区に2019年にオープンした「ナゴヤ イノベーターズ ガレージ」。PDIE創業者 クリスチャン・シュミッツさん、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターグローバル・コミュニケーション責任者であるジョナサン・ソーブルさん、渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子さんが登壇(長田さんはオンラインでのリモート登壇)。モデレーターはMASHING UPの遠藤祐子が務めた。
撮影/中山実華
1つ目のパネルディスカッションには、PDIE創業者 クリスチャン・シュミッツさん、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターグローバル・コミュニケーション責任者であるジョナサン・ソーブルさん、渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子さんが登壇。イノベーションの創出において、多様なステークホルダーを"巻き込む"ためのヒントを探った。
長田さんが理事を務める渋谷未来デザインは、2018年に渋谷区が中心となってスタートした、産官学民によるイノベーションプラットフォーム。地域のブランディングやPRを手掛ける長田さんは、エコシステムを考える前に「町や地域のブランド化」が重要だと話す。
「“シティプライド”とも言いますが、その場所で働く人たちの地域への帰属意識、『自分たちはここでやっていくんだ』というプライドや熱量が非常に重要です。これは企業でも同じ。その場所でつながりが生まれ、一緒に価値を高めていく。皆の力でイノベーションを生み出していくイメージです」(長田さん)
次世代に続く持続可能な事業支援などを行うPDIE創業者のクリスチャン・シュミッツさんは、日本でスタートアップエコシステムを発展させる上での課題として、地域の過疎化を挙げた。
「例えば農業の後継者問題など、地域の過疎化は日本の大きな課題。そういったところをイノベーションのハブにするための施策は重要です。次に、課題を解決に導く人同士のマッチング。自分が探している人たちとface to faceでつながることができる“リアルな場づくり”がエコシステム作りには欠かせません。その点、今回の会場であるナゴヤ イノベーターズ ガレージのような場は、非常に有効だと思います」(シュミッツさん)
これまで『ニューヨーク・タイムズ』や『フィナンシャル・タイムズ』での記者時代に、日本のモノづくりの現場も数多く取材していたというジョナサン・ソーブルさんは、「デジタル時代に合ったブランディングが必要」だと話す。
「私は今、長野県を拠点にしていますが、東京はもちろん世界経済フォーラムのオフィスともリモートでつながって仕事をしています。隣人にはオーストラリアのIT企業に勤める人もいますが、彼は『シドニーにいるのと変わらない』と。
これが意味するのは、国境など関係なく、世界中を巻き込んでいけるということ。リアルなコミュニケーションも大切ですが、デジタルは可能性を広げました。もし地域に使っていない施設があれば、そこをコワーキングの拠点にしてブランディングしていくことができます」(ソーブルさん)
従来型のワークスタイルや制度、古いものを壊すことも必要
PDIE創業者のクリスチャン・シュミッツさんは「Central Japanに息づく職人気質のスピリットはプラスになる」と、Central Japanのポテンシャルの高さを挙げた。
撮影/中山実華
では、スタートアップが力強いインパクトを生んでいくためには、何が必要なのだろう。長田さんは「知ってもらうこと、情報をシェアしていく仕組みが不可欠」と話す。
「モノづくりと同時に、ブランドコミュニケーションやマーケティングの視点は必要です。また、グローバルな視点も重要です。仮に日本ではあまり注目されなくても、海外で評価されるケースも少なくないからです」(長田さん)
ソーブルさんは、デジタル時代における日本の遅れを指摘。
「日本のモノづくりの技術、伝統は世界的に見ても素晴らしい。とくにここ、中部エリアはトヨタ自動車をはじめ、世界でもトップクラスのモノづくり地域でもあります。しかし、デジタル領域に関しては、海外メディアは『日本はグローバルに追いついていない』と見ています。それは従来のワーキングスタイルや企業の体制、ひいては政策レベルにおいて、壊さなければいけない部分もあるのだと思います」(ソーブルさん)
人が集まる魅力、チャレンジを後押しする環境がカギ
世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターグローバル・コミュニケーション責任者であるジョナサン・ソーブルさん。
撮影/中山実華
文化やライフスタイルが魅力的な場所には人が集まり、新たなビジネスや価値が生まれる。「なんだかおもしろいことやってるから、私も関わりたい」と思われるような、“巻き込み力”を持つ土地の条件とは?
長田さんは 、「人によってカルチャーが生まれ、そしてそれが産業化されていくサイクルがある。その地域がどれだけおもしろい場所になり、魅力的な人を巻き込めるかがカギだ」と話す。
さらに、多くのスタートアップが必ず向き合う課題として「実績の有無」を挙げた。
「新しいことを始めたり、既存の何かと掛け合わせたりすることでイノベーションが生まれますが、トライする際に実績を問われることがあります。でも、スタートアップですから実績はないんです。それでもチャレンジできる環境を整備することは重要なポイントです」(長田さん)
リアルな場づくりや従来型からの脱却、巻き込み力など、地域におけるスタートアップエコシステムの可能性を広げるヒントが得られたセッションとなった。
「グローバル拠点都市」認定を経てスタートアップへの興味関心高まる
2つ目のパネルディスカッション、「スタートアップエコシステムの次の10年」。
撮影/中山実華
2つ目のディスカッションでは、中部エリアのイノベーションを推進する若手メンバーが登壇。愛知県経済産業局スタートアップ推進課の金丸良さん、名古屋市役所経済局イノベーション推進部の後藤友紀さん、そして中部経済連合会イノベーション推進部の山崎豊さんが、「スタートアップエコシステムの次の10年」をテーマに、Central Japanにおけるスタートアップの現状や今後の展望を語った。
愛知・名古屋・浜松地域のスタートアップエコシステムを担うCentral Japanエコシステム コンソーシアム。2020年7月にスタートアップエコシステムの「グローバル拠点都市」として内閣府から選定された同地域の、イノベーションへの取り組みはますます加速している。
愛知県経済産業局スタートアップ推進課の金丸良さん。
撮影/中山実華
金丸さんは、2024年10月に開業予定のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」の運営業務を担う一人。オープンに先駆け、現在2020年1月に開設された「PRE-STATION Ai」でも運営を担当しているが、その手ごたえは大きいと話す。
「PRE-STATION Aiに入居するメンバーは、1年前は約40社だったのに対し、今は168社(2023年2月現在)まで増えています。スタートアップに挑戦する人が増えてきていると実感しますね。アントレプレナーシップに挑戦する学生も増え、いい循環ができ始めています」(金丸さん)
名古屋市役所でイノベーション推進セクションを担当し、Central Japanエコシステム コンソーシアムの事務局でもある後藤さんは、「横のつながり」が増えてきたと話す。
「内閣府からグローバル拠点に選定されて以降、地域の企業などからの問い合わせが増えました。また東京など他エリアのVCたちから『名古屋は今、すごく盛り上がっていますね』とお声を頂くことも。人同士のつながりはもちろん、企業や団体との連携、名古屋市と中経連との連携などが増えてきています」(後藤さん)
今回の会場となった「ナゴヤ イノベーターズ ガレージ」の運営を手掛ける山崎さんは、会員の「マインドの変化」も感じているという。
「ガレージの会員数が増えたのはもちろんですが、『この地域を変えていきたい』というマインドを持った方が増えていると実感します。会員は大企業の方から個人の方まで様々。今後、よりイノベーションの動きが大きくなっていくことが期待できます」(山崎さん)
グローバル企業がある地域だからこそオープンイノベーションを
名古屋市役所経済局イノベーション推進部の後藤友紀さん。
撮影/中山実華
若手リーダーらの種まきが芽吹き始め、徐々に形になってきたエコシステム。今後より拡大していくうえでの課題を、どう捉えているのだろう。金丸さんは「中部エリアの課題」を以下のように話す。
「第1部のパネルディスカッションでも“巻き込み力”の重要性が指摘されましたが、この地域の課題として、成功例の数少なさがあります。東京は成功した起業家の数も多く、ノウハウをシェアできる場が格段に多い。
しかし中部地区はまだそこまで事例がないので、コミュニティをもっと活性化させること。そして東京、さらには世界とつながり、巻き込んでいくことが急務です。私は、スタートアップエコシステムつくりは文化醸成事業でもあると思っています。新しいことに挑戦する選択が、“当たり前”のような文化をいかに作っていくかが課題ですね」(金丸さん)
山崎さんは、ナゴヤ イノベーターズ ガレージに集う人々を間近で見ている立場。さまざまな化学反応が生まれ始めていると話す。
「多くの会員が優れた知見や技術を持っているが、連携が不十分であるため、それが活かせない状況は少なからずあります。しかし、会員交流イベントなどを通して雑談や情報共有をする中で、『つながりたい業種とつながった』『新規事業のアイデアをもらえた』という話も。これからますます活性化していけばと思います」(山崎さん)
後藤さんは、この地域の企業の参画がカギだと話す。
「エコシステムを活性化していくためには、地域の企業がより積極的にスタートアップ支援やオープンイノベーションを行っていくことも重要です。グローバル企業が集中している地域という意味では、非常にラッキーな場所でもあります。オープンイノベーションも進んでいますが、達成率はまだ目標の20%ほど。マッチングはもちろんですが、伴走していく必要もあります。そこは自治体だけではなく、中部経済連合会とも連携していかなければなりません」(後藤さん)
モノづくり地域だからこその強みを活かす
中部経済連合会イノベーション推進部の山崎豊さん。
撮影/中山実華
Central Japanでは、5年間で1,000件のオープンイノベーション創出を目標としている。盛り上がりをより加速・活性化するにはどうすればよいのか。
「まずは企業が、スタートアップのプロダクトやサービスを使ってみるところからのスタートでもいいと思います。この地域は、事業会社が多いことが強みの一つ。特に、モビリティの分野では世界で戦えるレベルです。その企業たちがスタートアップのサービスを使ってみるというのは、地域のエコシステム活性化に非常に効果があるはずです」(金丸さん)
後藤さんも「モノづくりに強い地域であることは強み」と同意する。
「自動車関連の企業が多いのはもちろんですが、他の地域と比べてみても、メーカーが多い。ただ、大企業が多いということは強みでもあり、オープンイノベーションという観点からは弱みとも言えます。人の交流や流動性が活発になることが、Central Japanのエコシステムの未来を握っていると思います」(後藤さん)
企業に注目してほしいのは、学生のポテンシャルの高さだという。
「先日、学生向けのプログラムの中間報告会がありました。こちらは中部地区だけでなく全国の学生を対象としたもので、20組の学生がビジネスアイデアを発表してくれました。これが、驚くほどレベルが高いんです。クオリティの高いサービスを考えている学生が次々と出てきており、彼らが起業して活躍していく未来は楽しみでしかありません」(金丸さん)
様々なステークホルダーを巻き込む力、時に古いものを壊していくこと、そして失敗を受け入れる環境──。地域発のスタートアップエコシステムがグローバルに肩を並べるためにすべきこと、そして未来への道筋が見えてきた。「the Homeland of Mobility 5.0.」とは本年度に掲げられたCentral Japanのコンセプトだが、それを実現するためのヒントに溢れたイベントだった。
Central Japan スタートアップ エコシステム
公式Webサイト:https://central-startup.jp/en/
LinkedInページ:https://www.linkedin.com/company/central-japan-startup-ecosystem/
[日本貿易振興機構]
執筆/島田ゆかり
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