撮影/中山実華
2023年1月、 電通グループは、グローバル経営を推進するワン・マネジメント・チームを組成し、経営体制を刷新した。 グループ全体は約6万9000人という巨大組織に。そんな中、DEIをどう進めつつあるのか。
重要な旗振り役のひとりが、電通グループ dentsu Japan Chief Sustainability Officerの北風祐子さんだ。 2022年1月、約2万人で構成されるdentsu JapanのDEI領域のトップに就任し、2023年からはサステナビリティ領域も管掌している。
北風 祐子(きたかぜ・ゆうこ)
電通グループ dentsu Japan Chief Sustainability Officer。電通に入社後、2008年に同社初のラボである「ママラボ」を創設。顧客企業のマーケティングや新規事業の戦路プランナーとして各種企画の立案と実施に携わる。同社のクリエーティブ局長を経て、2022年に電通グループ、電通ジャパンネットワーク執行役員、初代Chief Diversity Officerに就任。2023年より現職。電通グループのグループマネジメントメンバーとして、サステナビリティ戦路の策定と実行を統括する。 フラットでオープンな、誰もが働きやすい世の中の実現を目指している。 職場のアンコンシャス・バイアスに気づくための「バイバイバイアス研修シリーズ」、がん罹患経験者のピアサポートの場「ラベンダーカフェ」を企画、実施中。 電通そらり非常勤取締役、日本広告業協会DE&I 委員会委員長、日本車いすバスケットボール連盟理事、Forbes JAPAN Webオフィシャルコラムニスト(連載「乳がんという『転機』」)、ピンクリボンアドバイザー。 著書に『インターネットするママしないママ』(2001年ソフトバンクパブリッシング)、『Lohas/book』(企画制作、2005年木楽舎)、『買いたい空気のつくり方』(共著、2007年ダイヤモンド社)。
日本だけで進めていたら、10年かかったかもしれないDEI
電通グループ dentsu Japan Chief Sustainability Officerの北風祐子さん。
撮影/中山実華
「今回の新体制発足によりグローバル化が一気に押し寄せてきて、日本の遅れや課題を痛感せざるを得ない状況になりました。dentsu全体がワンマネジメント体制に統合され、経営陣もDEIが経営の根幹であることを認識。私のポジションができたという形です。海外3地域にも私と同じポジションの方がそれぞれいて、定期的にミーティングをするのですが、その中で気づきがありました」
dentsuでは海外地域の、日本でいう取締役執行役員クラスと、その1つ下のマネジメントクラスを合わせた女性の割合が40%近くまできているという。日本では女性の取締役執行役員は6%弱。
「2030年までにグループ全体の女性リーダー比率を45%にもっていこう」という話になって。「理想は50%じゃないの?」と尋ねたところ、海外のメンバーから「その5%はノンバイナリーの方、つまり自身の性自認が男性でも女性でもないという人の枠だ」と指摘されました。
男性50%、女性50%という考え方では、ノンバイナリーの人はいないと認識しているということになる。そこにすぐに気づけなかった、と北風さんは話す。
「会社が一気にグローバル化したのはラッキーでした。日本だけで進めていたら10年はかかったと思います」
DEIは社会要請ではなく、競争力の源泉
撮影/中山実華
dentsu JapanのDEIは、「全員活躍」を目指している。 2023年のDEI活動計画の2つの柱は、「企業風土改革」と「人事制度設計の変革」。その下に「人材包摂」「意思決定層でのジェンダー平等」「働き方改革」「社会変革への貢献」が続く。
日本では、DEIを推進するのは「改革」的な意味合いを持つが、北風さんは「大切なのは、働く人々の意識にどれくらいDEIが入っているか」だと話す。
「幸いなことに、今のトップはこのDEI意識が非常に高い。DEIは社会要請だからするのではなく競争力の源泉だと認識していて、DEIがインストールされている企業でないと競争に勝てないと、はっきり言っています」
つまり、DEIはコンプライアンスに並ぶものではなく、事業を成長させるための経営基盤だということだ。さらに北風さんは、DEIを加速させるにはトップのコミットメントが不可欠だという。
「私はdentsu Japanの2万人に対してDEIを推進していくわけですが、そこは複数のグループ会社で構成されています。各社の経営層とDEIボードを結成し、『DEI実現のために自分が心がけたいと思っている行動を宣言しよう』と皆で意見を出し合って6つの宣言をつくりました」
グループ会社の経営層たちと結成したDEIボードで、DEI実現のために各々が心がけたいことをまとめた『6つの宣言』。
提供/電通グループ dentsu Japan
当初、北風さんが「DEIの約束」とネーミングして経営会議メンバーに相談したところ、「DEIは約束ではないのでは?」という意見が。「役員が従業員に約束するものではなく、DEIはみんなで実現するものなんじゃないの?」との指摘にハッとしたと言う。
「確かに、企業風土はみんなでつくりあげるものですよね。それではじめの一歩として完成したのが、上の6つです。DEIの取り組みの目的は、『全員の活躍による持続的な事業進化と社会変革』なのですが、今はまだ社会変革などおこがましい状態。まずはアンコンシャスバイアスに気づく努力をしたり、自分の弱さを見せる勇気をもったり、完全ではない自分や相手を許容したり、人を信じて任せてみよう、と各社、各部署に提案して、少しずつ浸透して自走し始めている状態です」
ダボス会議で出会った「Be you」という言葉
2023年のダボス会議では、インクルージョンに関するセッションに登壇。
写真/本人提供
2023年のダボス会議で実施された、障がい者のインクルージョンを目指す「The Valuable 500」のセッションで北風さんはスピーチする機会を得た。これまで何度も人前でプレゼンテーションや講演をしてきたキャリアがあり「緊張したことはほとんどない」という北風さんでも、さすがに緊張していたという。
「まもなく自分の登壇時間となったときに、私のところに The Valuable 500の創始者であるキャロライン・ケイシーさんが来て『Yuko,be you!』と言ったんです。あなたのままでいきなさい、という意味ですね。彼女は目に障がいがあるのですが、人生を歩む中でずっと『Be me』という気持ちだったのではないか、と思いました。一気に緊張がなくなり、『私は何を格好つけてたんだろう』と。確かに世界の何万人もの人が見るセッションですが、私の役割は謙虚にメッセージを伝えるだけだ、と気づいたんですね」
帰国して、そのエピソードを報告会で発表した。すると、多くの従業員から「感動しました」「勇気が出た!」というメッセージが続々と届いたという。
「これこそがDEIの考え方で、自分が自分でいられることが担保されているということ。そのうえで、議論があったり、成長の機会があるのだと思います。みんなが『Be me』である環境づくりをすることなんだと気づきました」
多くの人のためになるものだから、採用されて当然
有志の仲間たちに声をかけ、いくつものユニークなプログラムを制作してきた。人事部に持っていくと、その完成度の高さに社内研修として採用されるケースが多いという。
撮影/中山実華
元々プランナーであり、多くの企画を立案し、実行してきた北風さんだからこそ、次々とアクションを起こすことができたという一面もあるだろう。
「そもそも電通という会社はクリエイター集団ですから、知恵の結集は得意なんです。DEIの啓発プログラムも多彩で、私が声をかけ有志で制作した『バイバイバイアス研修』や『DEIゼミナール』などは人気もあり、社内研修として定着しました。 私はクリエーティブ局の局長だったこともあり、クリエイターとともに完成度の高いものを仕上げて、人事部に持っていくんです。『多くの人のためになるものだから、人事のオフィシャルプログラムに採用されて当然だよね』という気持ちでやっていますね。作戦とも言えますが」
マインドセットではなく、ビヘイビア(behavior・行動)を変えるしくみづくりを大切にしたい、と北風さん。
撮影/中山実華
この作戦も、DEI推進を加速させる一助になっているという。 最後に、DEI推進のヒント、欠かせない力について伺った。
「まず推進のヒントは『人の意識を変えようとせず、行動を変える仕組みを考える』こと。マインドセットを変えるのは非常に難しいんです。ところがビヘイビア(behavior・行動)が変わると、マインドは後から変わってくる。以前、スイスのIMDというビジネススクールの教授に話したら、それは正しい、研究結果もあるよ、とお墨付きをいただきました。
それからDEI推進に欠かせない力ですが、これは3つ定めています。まず、相手と自分の違いを知り、相手の生きている世界を『想像する力』。2つめが『ネガティブ・ケイパビリティ』。結論を急がずに悩みに耐える力ですね。正解がない事態の中で、すぐに答えを求めないということです。そして3つめが『目の前のGood』。一足飛びにソーシャルグッドを目指すのではなく、目の前の課題にしっかりと向き合うこと。自分の課題に向き合うだけでも十分。一つひとつを丁寧にやっていくことが、やがて社会を変える力になると信じています」
こうした取り組みが浸透し、dentsuも変化し始めているという。
「もともと、DEI意識が高い人の多い会社です。眠っていたものを起こすだけ。最近は、自分たちの職場でDEIを推進する意味を自発的に考える動きがでてきたり、働き方を変えるアクションが始まったり。裏を返せば、これができなければ競争に勝てっこない、ということに気づき始めているということだと思います」
グローバル化により、一気にDEIの時計を進めたdentsu。今後はさまざまな企業と力を合わせて日本社会を底上げしたい、と北風さんは話してくれた。

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