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出光興産・丹生谷晋副社長に聞く。事業構造改革に多様性が欠かせない理由とは

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撮影/今村拓馬

2021年にD&I推進委員会(現在は「DE&I推進委員会」に改称)を発足し、男性育休推奨やLGBTQ+への理解促進などに取り組んできた出光興産。女性活躍推進に優れた上場企業として「なでしこ銘柄」にも選定された2023年、さらなる変革を見据え、「D&I」から「DE&I」への置き換えを含めた「5つの提言」を発表。DE&I推進委員会のリーダーとして「5つの提言」作成に携わった丹生谷晋代表取締役副社長に、出光興産のDE&I推進施策に込めた思いを伺った。

事業構造改革におけるDE&Iの重要性

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丹生谷 晋(にぶや・すすむ)出光興産株式会社 代表取締役副社長 副社長執行役員兼COO。1982年に入社し、内部監査室長や経営企画部長などを歴任。2019年4月に副社長執行役員に就任。2022年6月から現職。同社の「DE&I推進委員会」の発足にも携わった。

撮影/今村拓馬

──まずは御社の事業内容と、DE&I推進を重視される理由についてお聞かせください。

丹生谷晋さん(以下、丹生谷): 出光興産の現在の事業セグメントは、燃料油、基礎化学品、高機能材、電力・再生可能エネルギー、資源の5つで構成されています。もっとも大きいのが燃料油で、収益の95%を化石燃料が占めています。化石燃料依存を脱しつつ、次のカーボンニュートラルエネルギーのメインプレイヤーとなるためには、水素・アンモニア、合成燃料などへの転換を図らなければなりません。

私たちが目指しているのは、ただ化石燃料事業の収益を減らすというより、むしろ他の事業を伸ばすことで、結果的に化石燃料の事業収益率を下げることです。具体的には2050年までに、「一歩先のエネルギー」、「多様な省資源・資源循環ソリューション」、「スマートよろずや」という3つの事業領域に再編していこうというのが大きなテーマになっています。

──現時点で収益の柱となっている化石燃料事業から、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、事業構造の改革を進めていらっしゃるのですね。

丹生谷:そうです。事業構造の変革にはそれを実現する人財が必要であり、人財戦略においても見直しが求められます。

今までは、ある意味では決まったルールの中で効率性や安全性を考えていけばよかった。しかしこれからは、世界の様々なプレイヤーと競い合うだけでなく、ときには「この指止まれ」と声をかけ、様々なステークホルダーと手を携えて新しいものを創造しなくてはなりません。

社長の木藤(※木藤俊一氏)は2030年までに、累計1兆円を投じた事業構造改革と、人的資本投資を両輪で進めると述べています。その人的資本経営の中で、一つの根幹をなすのがDE&Iです。やはり多様性がなければ……。世界各国の様々なバックグラウンドや経験、知見を持つ人々と、心を一つに何かを創っていくことがない限り、大きな事業構造改革はできないと思います。

──世界のプレイヤーと共創・協働していくために、非常に重要な位置づけとしてDE&Iを捉えていらっしゃると。

丹生谷:その通りです。カーボンニュートラルエネルギーも、多くのお客様に供給するためにはインフラ整備が不可欠です。それを担うのは我々のようなインフラを持つ企業であり、ある意味では使命として、この事業ポートフォリオ転換を実現しなくてはならないと考えています。

DE&I推進の原点は、昭和シェル石油との経営統合

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撮影/今村拓馬

──DE&I推進の主だった取り組みは、いつごろスタートされたのでしょうか。

丹生谷:実は当社のDE&Iのターニングポイントに、2019年の昭和シェル石油との経営統合があります。それぞれ違う企業文化で育っていますから、「今までのやり方と違う」ことで衝突が起きる。しかし、私達は、この衝突の中で、異質性のなかに新たな気づきがあることを経験し、理解しました。異なる文化を持つふたつの企業が一つの組織としてルールを作っていくことが、現在のDE&Iにつながる第一歩となったのです。

振り返ると、女性活躍という一点をとっても昭和シェル石油の方が遥かに進んでいたと思います。

元々昭和シェル石油では女性の役職者(管理職)が活躍されていました。その後、2021年には社外取締役であるコカ・コーラの荷堂真紀さんをアドバイザーに迎えてD&I推進委員会(現:DE&I推進委員会)を発足。我々が目指す「DE&Iの北極星」を明文化することができました。2021年からの第一期を終えて、2023年4月からは第二期として、以下の「5つの提言」にあげた項目に取り組んでいます。

1. D&IからDE&Iへ
2. これまでの職場習慣を再点検しよう
3. これからの役職者像を考えよう
4. 制度見直しの前に柔軟にトライアルを
5. 行動変容のためには様々な施策を

もちろんDE&Iの対象者は女性だけではありません。男性育休、 LGBTQ+への理解促進(Ally)、障がい者雇用拡大など、様々な課題があります。とはいえ、DE&Iの一丁目一番地は、社内の約13%を占める女性が十分に活躍できるフィールドを増やすこと。具体的には2030年度までに、学卒以上採用者の女性比率を50%以上にすることと、女性管理職比率を現在の約3%から10%に引き上げることを目指しています。

いま女性管理職の数は、約1400名の社員の中で50名弱ですが、多様性を高めるために、さらに100名ほどの女性管理職を登用することを目標としています。そのために、まず、管理職候補となる女性社員に対し、順次メンターを付けるなど、一人ひとりの育成を加速し、不安を解消しながら、着実に管理職登用を進めるという計画をしています。メンターとなる社員のための教育にも力を入れていきます。

女性社員の中には、役職者になることを望まない方もいます。その理由を聞くと、ワークライフバランスを度外視した「軍曹のような管理職」のイメージを挙げて「ああはなりたくない」と言う。これまでの役職者像はそうだったかもしれない。しかし、役職者像はもっと多様であっていいはずです。

そういう意味でも今年(2023年)の7月、初めて短時間勤務制度を利用していた女性社員が管理職に登用されたことは、当社にとって画期的でした。役職者のリーダーシップにも様々なスタイルがあり、職位に応じた責任は生じますが、働き方や自律的なライフキャリアの選択は当然可能であるべきです。そこに自分の方向性を見出すことができれば、「管理職に挑戦したい」と思う人がもっと増えるかもしれません。

教育研修プログラムやメンタリングの仕組みは、その第一歩となります。自分に自信を持ち、周囲にも認められないと管理職は務まりませんから、バックアップ体制の充実は極めて重要です。

1年で男性育休取得率が20%上昇

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出光興産は、次期中期経営計画を軸にESGへの取り組み状況などを掲載した『出光統合レポート』を発行している。

──出光興産のDE&Iの取り組みは社外からも認知され、2023年3月に「なでしこ銘柄(※)」に選定されました。大きな成果の一つとして、男性育休の取得率が1年で大きく向上したそうですね。

※なでしこ銘柄:女性の活躍推進に優れた上場企業を経済産業省と東京証券取引所が共同で選定する取り組みで、平成24年度から実施されている。11年目となる今年度は、近年の人的資本経営や非財務情報開示の流れを受けて、「経営戦略と連動した女性活躍推進」および「女性活躍推進に関する情報開示の促進」に重点を置き、選定基準が大幅にリニューアルされた。

丹生谷:男性育休はDE&I推進委員会の最大のテーマの一つです。当時の取得率は約6割で、特に製造現場では「20代~30代の働き盛りで、上司に『1ヶ月の育休を取りたい』とは言い出しにくい」という社員が多数派でした。そこで、男性育休は特別有給休暇として、1ヶ月間は100%給料を出すこと。社員がこの休暇を取れない(取らない)場合は、その理由を所属長が人事部長に申請するという仕組みにしたのです。すると、1年で取得率が約84%まで上がりました。

ただ男性育休をいきなり進めても抵抗があるだろうと考え、2022年5月に全従業員に対してパブリックコメントを実施しました。驚いたことに、9割弱の反応がポジティブ。しかも最大の抵抗勢力になるだろうと思っていたシニアの男性管理職が、「自分たちはできなかったけれど、今の若い人には子育ての経験をさせてあげたい」「男性育休が取れないような会社ではだめだ」という意見を持っていたのです。

「シニアの男性管理職がDE&I推進を妨げる岩盤層になっている」というのは私たちの思い込み、アンコンシャス・バイアスだったのかなと。むしろ「育休を取りたくない。働く権利があるはずだ」という意見が多かったのは、当事者である若手男性社員の方でした。

DE&I推進委員会としても、働く権利や自由を奪いたいわけではありません。でも、我々男性は出産はできないけれど、育児には主体的に参画できます。そして育児体験を通じて得たコミュニティや夫婦関係、子どもとの距離感は、これからの事業構造改革においても貴重な経験値となるはずです。それを理解したうえで、自主的に男性育休を取得してほしいと伝え、2030年までに100%を目標にしています。

──シニアの男性管理職が男性育休取得に積極的なのは、“次世代を思いやる”といった気持ちからでしょうか。

丹生谷:私自身も3人の子どもがいますが、妻に言わせると「よく会社でそんなことが言えるわね。おむつなんて替えたの1回だけよ」と。そうだっけ!? とびっくりして「でもお風呂は入れただろう」と聞いたら、それも10回未満だと。まったくひどい父親ですよね。

そうした生活が当たり前だったことで、自分は何か大事なものを失ったのだと、ここへきてようやく思えるようになりました。

──各社のDE&Iの取り組みを取材していると、シニアの男性管理職層が壁となっていたり、若い人から仮想敵のような形で捉えられていたりするケースがありますが、御社のアンケートの結果は違ったと。

丹生谷:「ここが岩盤層」と一面的に決めつけるのはよくないですよね。「なぜ女性だけを優遇するのか」という意見が若手から出ることもあります。本音レベルで若手のみなさんとディスカッションを行って、考えを共有したいと思っています。

せっかく伸び盛りで、30代後半になっていよいよマネージャーになれそうなのに、女性にポジションを奪われる、と不満を感じる若手の男性もいるかもしれない。同じ世代の女性管理職候補には、働き方の変化に不安を抱える人もいるかもしれません。不満や不安の背後にあるのはある種の思い込みですから、その誤解を解いていく必要がある。

また、パブコメの中でエクイティ(公正性)について意見を募ったときは、マネージャー層から「しわ寄せ問題」を危惧する反応が多く出ました。エクイティを実現するために、逆に今まで不便を感じていなかった人に「しわ寄せ」が来るのではないか、と。男性育休も賛成だけれど、その穴埋めをする人やマネージャー層に、なんらかの見返りが必要だという意見もありました。

経営層は、育休による欠員が出ることは半年前ぐらいにはわかるのだから、間に合うように人員手配や業務の見直しを行うよう期待しますよね。しかし実際にはマネージャー層が忙しすぎて、先回りして手配したり、考えたりするゆとりがない。そうしたギリギリの姿を見ているから、管理職になりたい人も増えないわけです。

この問題はよくないスパイラルになっている。まずは「マネージャーの多忙問題」に手をつけないと、結局はいろいろとやりたい改革までたどりつけない感じがします。

DE&Iと事業構造改革が不可分である理由

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撮影/今村拓馬

──出光興産のDE&Iの取り組みが、非常に本質的であられることに感銘を受けました。女性活躍については数値目標が重視され、数合わせに走ってしまう例もあるなかで、「これからのリーダーは軍曹でなくていい」という設計から入って、役職者を目指す人の不安にも寄り添い、形だけではない真の女性リーダーを育成しようとされています。

こうした取り組みは、人事の皆さんや旗振り役である丹生谷さんが、DE&Iを切実に自分ごととして理解されていないと難しいと思うのですが……。何か腹落ちする瞬間があったのでしょうか?

丹生谷:おそらく私は「左脳人間」なのだと思います。経営企画の分野が長いので、最初に申し上げたように化石燃料主体の事業構造を変えるというところから思考がスタートしています。既存のルールが通用しなくなってきたなかで、他流試合、越境学習を含めた外との接点が必要だと痛感する場面が何度もありました。

私自身は十数年前から社会人大学院に通っていて、会社とは違う世界の人との会話や、新しい体験をなるべく増やしたいと思っています。社員ももっと外に対してアンテナを張ってほしいし、その環境をどうしたら作れるのかという問題意識もあります。

また、コロナ禍では職場内のコミュニケーションが非常に取りづらい時期がありました。当社はフリーアドレス制なのに、意外とみんな同じ席に座っていて、昨日も今日も同じ人としか話していない。他流試合、越境学習という前に、社内交流が減ってしまっていたのです。コミュニケーションを活性化しようと、オンライン上で2000人、3000人が交流するようなフォーラムも開催してきましたが、彼らが日常で、他の部署の人と会話をしているかというと、していない。これでは勝てない、このままでは会社は伸びなくなる……この危機感が多分、私がDE&Iに取り組むバックグラウンドです。

ある意味ではDE&Iというのは、普段と違うことを強制的に考えさせる機会を作ることであり、男性育休もそうした機会の一つと言えます。DE&I推進委員会がパブコメを何度も出すのも、私たちの意志を伝えるというよりは、自分ごととして考えてほしいから。その中で、ライフスタイルも含めて自分のキャリアを選択し、選択の責任を自分が負うという覚悟を持ってほしいと思っています。

そして社員に自立したキャリアを求める以上、会社側は、社員に選択肢とセーフティーネットを提供する義務があります。社長である木藤がいつも言うように、出光興産の企業目的は「人の育成」です。事業構造改革のために人を育てるという「目的と手段」の関係だけではなく、スパイラルアップで一緒に伸びていく。そういう社員が増えれば、結果としては事業構造として、会社も成長するのではないでしょうか。


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田邉愛理
ライター。学習院大学卒業後、センチュリーミュージアム学芸員、美術展音声ガイドの制作を経て独立。40代を迎えてヘルスケアとソーシャルグッドの重要性に目覚め、ライフスタイル、アート、SDGsの取り組みなど幅広いジャンルでインタビュー記事や書籍の紹介などを手がける。

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