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ザ・サークル/社会、経済、暮らしの環。

魚に親しむことで海を守る意識を。「おさかな小学校」の取り組み

海洋汚染や乱獲など、さまざまな原因によって減り続けている水産資源。当たり前のように食卓に運ばれてくる魚が減少しているという事実を、私たちはどれくらい理解できているだろうか。

日本サステナブルシーフード協会は、「持続可能な水産物」(資源管理された漁業によってとれた水産物)の考え方をより多くの人に伝えることで、未来の海と魚を守る活動している。その一環として、同協会が運営しているのが「おさかな小学校」。魚と親しむことで、海をめぐる環境問題や日本の漁業が直面する課題について学ぶ場だ。代表理事であり、「おさかな小学校」校長でもある鈴木允さんが語る、海と魚の未来を握るサステナブルな考え方とは?

水産資源の減少は、日本でも起こっている

日本サステナブルシーフード協会 代表理事、「おさかな小学校」校長の鈴木允さん。小学生のころには無人島体験、高校時代には農家の手伝いなどに行き、食への興味、好奇心を思うまま満たした子ども〜学生時代を振り返る。

協会を立ち上げた原点は、学生時代に抱いた「食への関心」だと言う。

「生きていくために不可欠な食が、いつでもどこでも手に入る便利な都会での暮らし。いつしか、『食卓に並ぶ食材は、どのように生産されているのだろうか。都会というシステムから外れたとき、自分は生きていけるのだろうか』と考えるようになったんです」

国内外の現場を歩きながら食と関わりたい。そんな思いから、大学では文化人類学を専攻。東アフリカを専門に研究する指導教官のもと、海外の文化や食、生活について学んだ。そうしたなかで、世界の漁業の問題について知るきっかけとなったのが、古本屋で出会った1995年の『National Geographic』誌だ。

雑誌

取材中、1995年11月号の『National Geographic』を手に「奇跡的な出会いだった」と語る。

「この号は、漁業の危機について取り上げています。大きな漁船が魚を乱獲しているせいで、沿岸のほうでは魚がとれなくなっている、という内容も書かれていました。当時、農業に比べて漁業の問題は全く注目されていませんでした。だからこそ、自分がやる価値があると思ったんです。魚がとれなくなっている。この問題と一生かけて向き合っていく気がしたんですよね」(鈴木さん)

人生を通して漁業と関わりたい。指導教官の影響もあり、アフリカの漁業の研究をしたいと思うようになった。大学を休学し、西アフリカ ナイジェリアへ。現地の漁業の専門家と話すなかで、日本の漁業について自分が何も知らないことに気づいた。

帰国後、日本の漁業の現場を知るために、三重県の漁師のもとで見習い生活を始めた鈴木さん。魚を捕獲するまでの準備から生産現場の実態、そして漁業の現状を初めて目の当たりにする。

「実際に漁業の仕事に携わってみて、生産現場が疲弊していることや、乱獲によって水産資源が減少していることを知りました。世界の水産資源の減少は、発展途上国だけの話ではなく、日本でも起こっている問題だと気づいたんです」

人物画像

「衰退する漁業現場の実態は消費者に知らされることなく、生産者と消費者は切り離されている。ならば、魚はどのように売り買いされ、消費者の元に届くのかを見る必要があった」

漁師の元で漁業の実際を知ったのち、魚の流通に関心を持ったという。全国の魚介類が集まってくる東京・築地の卸売会社に就職、流通の現場を経験した。市場での8年間、鮮魚のセリ人として魚を売買しながら見えてきたのが、「水産資源の無駄遣い」という問題だった。

「私が働いていた市場では、小さい魚や産卵期の身が瘦せた状態の魚が大量に流通することがありました。いい値段では売れないのにもかかわらず、そういう魚を乱獲することは、資源を無駄にすることにつながります大きく育ってから適切な時期にとれば、高く売れて漁師さんにとっても、消費者にとっても良いのではないかと考えました」(鈴木さん)

サステナブルな漁業を行う漁師を応援する「MSC認証制度」

その頃出会ったのが、MSC認証という制度。イギリスに本部のある国際的な非営利団体、MSC(海洋管理協議会)が運営する、持続可能な漁業を認証するプログラムだ。その認証がついた魚を消費者が選ぶことで、サステナブルな漁業をしている漁師を応援することが可能になる。鈴木さんはMSC日本事務局のスタッフとして全国の漁協をまわり、漁師たちと議論をした。

2019年、自らサステナブルな漁業を支えたいと思い、独立して「日本漁業認証サポート」を設立。カツオ一本釣りや遠洋まぐろはえ縄漁業の漁師たちと取り組みを始めた。

漁業を支える仕事をしながら、同時に、伝える仕事を意識するようになった。

「頑張っている漁師さんのこと、海のこと、魚が減っていることを消費者に伝えたいと思ったのです」

最初の活動は、コワーキングスペースで漁師から仕入れた魚をさばき、定食ランチを提供するといった内容だった。食卓を囲みながら漁業や海について知ってもらいたい、そんな思いからだ。漁師を招いて講演を開催したりするなかで、漁業の情報に消費者はまったくついていけていないということを実感した。

そもそも、魚とはどういう生き物なのか?海の世界とは?漁師の仕事とは?海でとれた魚はどのように私たち生活者に届くのか? 「日本の漁業が衰退している」ということだけが断片的に伝わり、誰も知らない間に制度だけが改正されていく現実を知った。

「(行政が)トップダウンで漁業を変えていくのではなく、一般消費者に漁業について知ってもらうことで、ボトムアップをする必要があると感じました」

豊かな海と美味しい魚を未来に残すためには、消費者ひとり一人の行動が必要。そのためにも、学びと交流の場を作りたい──そんな思いから、日本サステナブルシーフード協会のアイデアが生まれた。新型コロナウィルスが猛威をふるい始めた2020年春から、鈴木さんの思いに共鳴する仲間が集まり、協会のかたちについてオンラインで議論するようになった。

そのなかで、将来を担う子どもたちと、お母さん、お父さんに向けてオンラインの授業を行い、魚を観察したり、漁師さんに話をしてもらったりしながら、海の問題や漁業について伝えていこうという方向性が定まった。

魚をきっかけに、多くのことに気づいてほしい。「おさかな小学校」の取り組みを学校教育へ

本

2021年4月鈴木さんは、「おさかな小学校」を開校。ここでは、11種類の魚をテーマに漁業のこと、海の環境問題について、産地のことなどあらゆる分野を学ぶ。

「日本で見られる400種類以上の魚のなかから、生物多様性を意識し11種を厳選しました。そのうえで、北の海から南の海までの生息域や、輸入のこと、歴史など多様な切り口から魚について学ぶことができるように選びました。」(鈴木さん)

プログラムの目的は、魚を取り巻く社会的背景を伝え、貴重な水産資源を守る意識を育てること。授業に参加した子どもたちからは、「自分で魚をさばいてみた」との声もあり、確実に発見や学びを手渡せていると感じることも多い。

「魚についての授業を学校教育の中に組み込むことで、海に関する知識をもっと子どもたちに持ってもらいたい。そうすれば、海や魚に対する消費者の意識も変わり、漁業が少しづつ変化し、水産資源の捉え方も変わってくるのではないでしょうか」(鈴木さん)

「おさかな小学校」が子どもたちに伝えたいのは「モノ」ではなく、「コト」

オンライン取材

今回の取材にオンラインで参加した、日本サステナブルシーフード協会理事、「おさかな小学校」教頭の川合沙代子さん。「自分のやりたいことや興味に全振りし、学び続けることが大切だ」とコメント。

日本サステナブルシーフード協会立ち上げ当初から鈴木さんと共に邁進してきた川合さんは、こう話す。

「私たちは、魚を『モノ』ではなく『コト』として捉えています。「おさかな小学校」は、点として漁業の問題点や課題にクローズアップした結果ではありません。鈴木自身の興味や好奇心を軸に、これまでの体験が蓄積され、一本化した先に現れたものだと考えています。プログラムに参加する方々にも、そんな体験をしてほしい。魚のことを知り、親しみを深めるなかでさまざまな問いを立て続けてほしい」(川合さん)

「これからも美味しい魚を食べ続けるには、全員で共通財産である海を守っていく意識を持つ必要があります」。未来を担う世代に、魚と海の豊さを手渡そうとする、鈴木さんの活動に注目したい。

「1年間、毎週オンラインの授業に参加するのは決して楽ではないと思いますが、私たちの今の行動が、将来の地球の姿を決めると思います

一方、毎週の授業では、子どもたちが楽しく学べるよう、本物の魚を用意したりクイズを出したり工夫をこらしています。おさかな小学校に参加して、消費者ひとりひとりにできることを考えてもらえたらうれしい」

撮影:中山実華

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杉本 結美

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